幸せの絶頂

幸せの絶頂

幸せの絶頂とはいつなのだろうか?
幸せは一生続くのだろうか?
絶頂とは常に過ぎてみないと分からないものだ。
でも毎日が幸せならば?死ぬ日まで幸せならば?
私の幸せの象徴は子供以外の何者でもない。
子供が成人して去る事となったら、象徴は妻へとまた戻るのかもしれない。
しかし親にとって子供が自活しても一生家族である事には変わりない。
親にとって子供は人生そのものだが、子供にとって親は人生ではない。
全く皮肉な宿命だ。宿命だからこそ親でいられるのかもしれない。
私の両親も同じように思っているのだろう。


異性に興味がない、あったところでも独身を選択する若者が増えているそうだ。
結婚こそが幸せであり、更に子供がいて初めて本当の家族と呼べ、それこそが本当の幸せだとは思わない。
結婚できる環境なのにしない、子供が欲しいのに行動を移さないこそが寂しい事だと思っている。
結婚できない女性が増えているのは間違いなく男に原因があると思う。草食男子、肉食女子と言われるような理解に苦しむ造語が出来るのだろう。男にしかできない事、女にしかできない事。近年は世界的に平等を履き違えているように感じる。サイクルとして受け入れるべきなのかもしれない。
結婚相手を選びすぎるのは不幸。人生最大の博打に賭けるのは良いが機会を失い結婚したいのに出来なくなる人が大勢いると思う。理想の人と結婚できるのは幸せな事だ。でももっと幸せを感じる事が出来る場合がある。それを思えば、或いは自分の様な出来そこないを好きになってくれる人がいれば迷う必要はないのではないだろうか。全ては「縁」が決めてくれる。結婚してこそ一人前は理に叶っていると思う。
子供が出来ないのは自然の摂理だと思う。子供は間違いなく、確実に親を選んでいる。たとえ人工授精であろうと。選ばれないには理由があるのだがそれは生きている限りは分からないだろう。子供が欲しいのに授からない苦悩は計り知れないだろう。子供がいる私にとってはもし居なかったらと思う寂しさはまた計り知れない。
「結婚だけが幸せだとは思わない」は結婚をしていない人が言えるセリフでは決してない。結婚した事のある人だけが言えるセリフだろう。
私は結婚=幸せだとは思っていない。が機会があれば一度はしてみて良いと思う。しない理由を探す方が難しい。離婚して不幸になる人もいれば逆に幸せになる人もいる。人生は誰にも分からない。
この子たちが何故私を選んでくれたのかたまに考える。理由があっての事だと思っている。これも生きている限り分からないのかもしれない。でも毎日子供に感謝し子供のために何が出来るかを考えている。
そう思うと産んでくれた妻に感謝し、また親を含む先祖にも感謝する。理由を探るまでもないが因果関係は存在するだろう。それが自然の摂理なのだろう。私にとって苦しさを加味しても間違いなく今が幸せの絶頂だ。