二人の子供
愛娘と愛息子。他人が聞いたら親バカ丸出しと思われるだろう。実際、知り合いがそんな事を人前で言ったら「ハイ、ハイ」ってやり過ごしたくなるだろう。
ここはブログ。日記だからこんな事でも書ける。人前では親バカ丸出しではありませんよ(と思う)。
娘は今年で5歳。あっと言うまだ。こんな感じですぐ成人式になるのだろう。自分自身は何も変わらないけど子供を見ると子供がしっかりと時を刻んでくれているのが良く分かる。
息子は今年やっと1歳。気付けばハイハイ、掴まり立ちや椅子にも座る。
有り得ない位、信じられない位、自分の子供は可愛い。
他人が見ても何とも思わないだろうに、何故ここまで自分の子供を愛しく思えるのだろう。
二人目(息子)の子供が授かったときの事を思い出す。男の子でも、女の子でも無事に産まれてきて欲しいとただ願うだけだった。
私の誕生日の日、妻が「男の子か、女の子か聞きたい?」と言うので「聞かない」と答えた。
無事に産まれてくれればどちらでも良いと思ったのと、心の奥底では「一人目が女の子だったから二人目は男の子がいいな」と思っていたのも事実だ。
女の子だとしても可愛い娘とまた会えるのも素敵だなとは思っていた。
でも妄想では常に息子をイメージしていたかもしれない。そんな訳で暫くその妄想を続けていたかったから聞きたくなかったのもあった。
でも妻はしつこく言おうとする。そんなやり取りをしていると妻が「先生がたぶん間違いないって」と言った瞬間、「あ、女の子か」と思った。一人目の(娘)時もエコーで「付いていない=確実に女の子」っていう良く分からない先入観があり「あ、(あれが)付いていない事が確認できたんだ」と自分なりに認識した。
もうそれ以上は聞きたくなかった。ただ、ただ、産まれてくるまでは男の子と言う妄想を楽しみたかった。一緒にどこかに旅して、一緒に夜遅くまでお酒を飲んでと、男の子としか出来ない事をたくさん妄想したかった。
反面、「あ、女の子なんだ。自分の人生は可愛い、可愛い娘二人を育てる運命だったんだ」と覚悟も決めていたのも思い出す。
それから妻は続きを止めようとしない。「俺の夢(妄想)を壊すのをやめてくれ!」と思ったほどだ。
妻がエコーの写真を渡し「良く見てみて」と言われた瞬間、「???」と感じた。良く見る必要があるのは「付いている」ときだけだろ。
「何?!何?!」「男の子?!」。妻がうなづくのを見てファミレス(誕生日にファミレスかい!)で涙がこみ上げて来たのを思い出す。
でもそれ以上に、「どっちでもいい。無事に産まれてきてくれさえすれば」と思っていたのは真実だ。それには深い、深い、神秘的な訳があるからです。
いずれ話す事が出来れば書こう。
皆に感謝。神様に感謝。